電子書籍への取り組み

2010年は電子書籍元年と言われていますが、実際のところ「今何ができるのか」 という情報共有が一部でしかできておらず、「黒船」とか「中抜き」とか 変な単語ばかりが一人歩きしている感があります。 そこで、2010年6月2日時点の「今何ができるか」について、簡単にまとめて みました。

この話をするためには2009年から何が起こってきて、今後何が起こるのかという のを丁寧に説明しないと本当はいけないのですが、そのあたりは色々な 書籍が出ているので、そちらを参考にしてください。

お題として使ったのは、私の未発表作品である「鋼の記憶を抱いて」です。 この作品は原稿用紙400枚程度のSF小説です。 現在以下のサイトで配布/販売しています。

電子書籍リーダーとフォーマットの種類

かつて日本国内のいくつものメーカーが電子ブックリーダーを発売し、 そのどれもがビジネスとしては失敗に終わりました。
ここで挙げるのはそういう歴史を語ろうではなく、今テーブルについている プレイヤーを挙げようというものです。
Kindle
Amazonが販売。E-Inkの電子ペーパーを搭載。現行機種はKindle2とKindle DXの 二種類。日本からでも購入は可能だが、日本語には対応していない。有志による ハックで、日本語フォントを導入することはできる。しかし、専用の表示 アプリが国際化されていないので、フォントを導入しても.mobi形式などで 日本語を表示させることはできない。フォント埋め込みのPDFでは日本語の表示も 可能。3G通信機能を内蔵していて、Amazon Kindle Storeにアクセスして 電子書籍を購入し直接ダウンロードが可能。表示できる形式はAZW, Mobi, PDF, TXTなど。
SONY Reader
SONYが販売。E-Inkの電子ペーパーを採用。アメリカだとKindleの次に売れている らしい。日本語には対応していない。表示フォーマットはEPUB。
iPad
Appleが販売。液晶採用。さくさくぐにぐに動く。電子書籍については、iBooksというアプリを使い、iBookstoreで販売されているEPUB形式の書籍をダウンロードして閲覧可能。外部からEPUBのファイルを渡して読ませることもできる。EPUB以外に、ただのアプリケーションとして配布されている電子書籍もある。EPUBの表示については結構頑張っていて、日本語の表示も可能でルビにも対応している。
nook
Android搭載の電子ペーパー採用端末。上部に電子ペーパー、下部に液晶の タッチパネルを搭載。EPUB形式の書籍を閲覧可能。基本的には日本語に対応して いないが、すでに色々ハックされているので、作ればどうにでもなりそうな気が。
Alex
nookと同じく、Android搭載で、電子ペーパーと液晶タッチパネルを搭載している。 Android部分は、本当に素のAndroidアプリが普通に動く。EPUB形式の書籍を閲覧可能。日本語の表示も可能。
ということで、現在大きく分けると「液晶か、電子ペーパーか」と「独自フォーマット かEPUBか」という分類ができるかと思います。 ただ、Kindleは独自フォーマットではありますが中身はHTMLベースであり、 EPUBもXHTMLベースなので、この点についてそれほどの大きな違いはありません。 実際、Kindleが近いうちにEPUBに対応するという噂も耳にしています。

国際標準という点では、今後は確実にEPUBが主流になるでしょう。 しかしEPUBは現時点では縦書などの日本語書籍が要求する仕様を定めていません。
逆に言えば、横書でよければ、UTF-8またはUTF-16で日本語のEPUBファイルを作成し、 多くのビューアで閲覧することは可能です。

また、日本独自形式として、XMDFとドットブックがあります。

電子書籍の作成方法

EPUBなどのフォーマットでデータを作成する方法の他に、 電子書籍の販売プラットフォームがデータの作成サービスを提供している 場合があります。

Amazon DTPの場合

Amazon DTPは米Amazonが提供する、セルフパブリッシング サービスです。 Webインタフェースで原稿のアップロードからAmazon Kindle Storeでの 出版までの処理が行えます。

ユーザ登録が必要ですが、Amazon.comのアカウントでサインインできます。

原稿として利用できるのは、MS Word, HTML, PRC 形式です。 PDFも利用できますが、推奨されていません。

現状では、日本語のファイルを作成することはできません。 UTF-8形式でファイルを作成しても、Kindle側のビューアが対応していません。 私は、すべてのページを画像化する方法で原稿を作成しました。 漫画の原稿を作成するのと、実質同じことになります。

何回か試行錯誤しましたが、最終的には画像を含むHTML形式のファイルを作り、 全部zipでまとめてアップロードするのが良いようです。 以下に、私が用いた手順をまとめておきます。 と言っても、私は小説を書く時も同人誌を版組するときも、TeXで作ってまして、 あまり参考にはならないかもしれません。

まずA5の本の体裁でスタイルを設定して、PSファイルを作ります。12ptにしておいたほうが良いでしょう。

dvips -p2 -t a5 main-kindle
そしてTIFFに変換します。
gs -quiet -dBATCH -r300 -dNOPAUSE -sPAPERSIZE=a5 -sOutputFile=main-kindle.tiff -sDEVICE=tiffg4 main-kindle.ps
出来たTIFFをページごとに分割します。
mkdir tmp
tiffsplit ../main-kindle.tiff
index.htmlを作成します。例えば以下のようなスクリプトで。
#!/bin/csh

cat > index.html <<EOF
<HTML><BODY>
EOF

foreach f (*.tif)
echo "<img src='$f'/>" >> index.html
echo "<mbp:pagebreak />" >> index.html
end

cat >> index.html <<EOF
</BODY></HTML>
EOF
できあがったファイルをzipでまとめます。
zip ../up.zip *.tif *.html
できたup.zipをAmazon DTPにアップロードし、previewで見えるかどうか確認します。

この方法でファイルを作ると必然的にデータが大きくなります。 Amazon DTP経由で販売する場合、ファイルの大きさが10MBを越えると、 設定できる最低価格が$2.99になるので注意してください。

一部の資料では、Amazon DTP経由の出版にはISBNの取得が必須と書かれていますが、 必須ではありません。ISBNがない場合は、ASINというAmazon独自のIDが用いられ ます。

Smashwordsの場合

Smashwordsは独立系インディーズ 出版社です。オンラインでの書籍販売を行っており、EPUB形式だけでなく、 Kindle用.mobi形式や、ブラウザで見れる形式での販売も行っています。

Smashwordsは原稿のソースとしてMS-Word形式を用います。 体裁のガイドラインが提示されているので、それを読んで下さい。 特に著作権表示などは大事です。

一点問題になるのが、段落行頭のインデント(字下げ)です。 Smashwordsのガイドラインでは、Wordの字下げ機能を使ってインデントする ようにとなっていますが、日本語の場合、行頭が括弧の場合は字下げしません (正確には1/2文字下げる、かな)。したがって、一括してインデントを 指定するというのは正しくありません。
また、ここで指定したインデントは、ブラウザから閲覧する場合だと 正しく反映されないようです。更に、EPUBの場合はCSSに反映されるので、 ビューアの実装がしょぼいと、やはり正しく反映されない可能性が あります(これはビューアに問題があるのですが)。
現時点では、全角空白をいれて調整するのがよいと思われますが、 それはそれで作られたEPUBのCSSで段落の最初がインデントされてしまって いるので、まともなEPUBビューアで見ると2文字インデントされた状態に なります。
なかなか難しいですが、現時点では妥協するしかないでしょう。
Smashwordsは少しメール交換をしたところ、非常に対応がよく、こちらの 意見も聞いてくれる(むしろ日本語の処理がどうなのかのフィードバックを 欲しがっている)ので、積極的に意見交換をしても良いと思います。

EPUBファイルを作成する方法

SigilFUSEeepubs.jpなど、 EPUBを作成するツールやサービスがどんどん出て来ていますので、 どんどん使うと良いと思います。
でも最初は練習のために、手でEPUB形式のファイルを作ってみても良いかと 思います。

iPhone/iPad/Androidアプリとして作成する方法

現在iPhone用で販売されている電子書籍は、多くがアプリケーションとして 売られているか、XMDF形式やドットブック形式を専用ビューアで読ませる 方法です。
こういったアプリの作成を代行してくれるサービスも出て来ているようです。
しかし、電子書籍の共通フォーマットについて議論されているなか、 こういうコンテンツを増やすのはどうなのかなあと正直思います。

電子書籍の販売方法

Amazon Kindle Storeの場合

Amazon DTPは、指定された通りの情報を埋めていけば、あとはpublishを クリックするだけです。 Amazon DTP側の審査が通れば、一日後にはKindle Storeに並びます。 Rejectされる可能性もありますが、その場合はメールで交渉しましょう。

Smashwordsと提携サイト

Smashwordsは登録すると二段階のチェックが行われます。
最初のチェックは機械によるもので、このチェックを通るだけでSmashwordsの オンラインショップに並びます。 ここでエラーや警告が出た場合、人間によるチェックの列に並びます。 警告があっても、人間が見て問題なければパスする場合もありますし、reject される場合もあります。警告のほとんどはフォーマットがガイドラインに 沿っていないというものなので、ガイドラインのドキュメントを読んで 修正してください。

Smashwordsは提携サイトへの配信も行ってくれます。 この場合、Premium Statusに認められる必要があり、体裁や著作権表示の チェックが厳しくなります。 提携サイトとしてiBookstoreもありますが、iBookstoreの場合は最低価格が $0.99であり、フリーでは配布できません。
また、いくつかの提携サイトに配信するためには、ISBNの取得が必要です。 ただし、Smashwordsが無料で割り当ててくれるISBNもあるので、それを 使うというのも良いでしょう。

日本でのインディーズ出版

日本で普通にネット経由で電子書籍が買えるサイトはどこだろうと 探していたら、電子書店パピレスがありました。 ここに委託販売というのがあり、同人誌も扱っているようでした。 パピレスに問い合わせてみたところ、DLsite を経由しての委託販売とのこと。そこでDLsiteに登録してみましたが、ここは 電子書籍についてはPDFなり好きなフォーマットで作成したもののzipを アップロードすると、素通しのようです。

つまり、日本だとインディーズ出版というやりかたがほとんど行われていない (皆無ではない)ので、どうしても同人誌という扱いになってしまうわけです。

逆を言うと、日本で同人誌として出しているものを、そのまま海外の セルフパブリッシングサービス経由で、電子書籍としてISBN付けて販売する ことは可能だということになります。

今後予想される電子書籍の展開

結論として、現状でも個人で電子書籍を作成し、ネット上で販売することは可能です。 ただし現状では、縦書などあきらめるべき点もあります。

また、「正しい形式」での販売が可能になるのは、EPUBの日本語対応が ある程度固まる2010年後半から2011年5月頃でしょう。 これをもってして、時機尚早と見るか、とりあえずやってみようと思うかは お任せします。

さて、問題は、EPUBの日本語対応が動き始める2010年後半までの期間です。 既にiPhoneアプリやiPadアプリの形式での書籍は販売されていますが、 これが将来EPUB形式で出版されなおすのか、非常に興味深い点です。

そもそも出版とは

上記で述べたように、是非はともかくとして電子書籍では商業出版も 同人誌も同じフィールドに乗ることになります。 そこでは「出版する」という行為が何を意味するのかというのが、 改めて問い直されることになるでしょう。

などとそれっぽいことを書きましたが、私の興味は「書籍IDをどうつけるか」 という一点に集約しています。EPUBでは、メタデータとして書籍ユニークな IDを記述することになっています。ISBNがあれば楽ですが、同人誌も 含めるとなるとISBNだけでは処理できません。

私は、電子書籍における出版の定義は、IDがついた瞬間である、と考えます。 それが何を意味するかは、そのIDを使ってどのようなサービスが展開されるのか、 今後の課題と言えるでしょう。