告知など
- 「勇者彼女がトイレから出てきません。」
- 彼女がうちのアパートに来たかと思ったらトイレに入って出てこなくて、 何をしているかというと、異世界で勇者をしている話。
- 「ダウン症があるとかないとかどうでもいい、誇りがあればいい。」
- そろそろ子育てエッセイなどというものを書いてみようかと思った次第。
- 「小説生成システム開発計画 - プロジェクトNUE」
- 計算機に小説、いや、使い物になる文章を作らせてみようという試みを、 勉強しながらやってます。
2009-10-09 [Fri]
▼ Winny裁判
大阪高裁で、金子氏の無罪判決が出た。
http://www.asahi.com/national/update/1008/OSK200910080026.html
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091008_winny_47/
この件について、僕は弁護団を通じて金子氏擁護の意見書を提出した。ついでに言うと、「声で魅せてよベイビー」が順調に出ていれば、3巻あたりで裁判の結果が出る前に「Winny裁判で金子氏が無罪になったという前提」の内容を書くつもりでいて、それはそれでどうなるか面白かったのではないかと思っている。
まあ、まだ検察側が上告する可能性はあるので、裁判は終わってはいないのだが。
というわけで、僕なりの思うところを書いておこう。あ、もしかしたら、以前も同じことを書いたかも。
まず、金子氏はWinnyを研究目的のソフトウェアと位置付けているわけだが、だとしたらどうしてその研究結果を論文なりという形で公表しなかったのだろうという疑問を感じている。
仮に研究ではなく純粋な技術的興味だとしたら、どうしてオープンソースにしなかったのだろう。家宅捜索されて「ソースは全部sourceforgeなんで何もありません。自分は初期開発者の一人で、みんなで作ってます」とか主張したらどうなっていたのだろう。この点については、金子氏はダウンロード専用版を勝手に作られて公平性が落ちると実験にならないと思ったためと説明しているが、オープンソースにするってのはそういうのもひっくるめてユーザと開発者を信じることで、技術者としてはそういうところを信じて行動するべきだったのではないか。
総じて、金子氏のWinny開発には、技術的興味は持っていたのかもしれないが、研究者技術者としての信念が感じられない。
だから、我々研究者でもあり技術者でもある人種は、金子氏の行いから「ではどうすれば良かったのか」を考える必要があると思う。
しかし、裁判となれば話は別だ。
この裁判の本質は技術的なことを全然理解できない人間が、理解しないまま、暴力的手法で捜査を行い、新技術の萠芽をつみとろうとする行為を是とする前例を作るかどうかだと思う。
その意味で、金子氏は無罪にならなければならない。
新しいことを始める時には、既存の法律に牴触する事態も発生するかもしれない。そのことを理解し、それでも自分は新しいことをするのだという、信念を持てるかどうか。そういう信念をきちんを社会は保護できるかどうか。そして、既存の価値観や権力や規制と戦うために、我々はどういう準備をしておけば良いのか。
考えなければならないことは沢山ある。
でも最終的に大事なのは、信念なんだと思う。